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2011.01.31

なんでYou've got a friend?

 歌に見合った人間になりたいと思っているけれど、昨日も小さいことで切れちゃった。。。



いつも愚痴をこぼす友人がいます。



When you're down and troubled



わたしは愚痴をこぼす男はキライ。



And you need some loving care



受話器をあげればまずため息から始まる。



And nothing, nothing is going right



つらいのはわかるけど、どうして他人にまで重しのようなものを乗っけてくるのか、そんなに自分が優先なのかい、って。



Close your eyes and think of me



他の人にかけたらいいのに、、、夜中の二時の電話なんてとれないでしょう?



And soon I will be there



とっくに布団のなかですよ。



To brighten up even your darkest night



でもこの歌が『あんた、この歌歌わなかった?すきだって言ってたよねぇ??』







You just call out my name

And you know wherever I am

I'll come running to see you again

Winter, spring, summer or fall

All you have to do is call

And I'll be there

You've got a friend





昨日はけっきょくそいつを連れて小阪忠さんを拝みに行きました。

そして彼は一番最後にYou've got a friendを歌ってくれました。



間抜けなことに、私はその偶然に一日たって気づきました。



まったくこの歌は修行の一貫です。



まったく友達ってのは私にとって大きすぎる存在です。大事に出来る自信がない。





ただし、昨日の夜は愚痴電話の代わりに『ありがとう』のメールで事足りたあたりを考えると



ここ一週間くらいは胸を張って歌ってもいいんじゃないかと。。。



You've got a friend
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Posted at 15:31 | 未分類 | COM(0) | TB(0) |
2011.01.24

懐に

 最近とてもいい出会いがあって、



とても興味深いんです。



ずっとうーんうーんと思っていたことにほんのすこし先が見えたような気がするんです。



彫刻や絵画はほとんどの場合一人でつくりあげると思う。



でも音楽はだれかと呼吸を合わせながらつくりあげる機会が多いです。



そこに快楽と落胆があると思う。



二人の人が(仮に二つの丸をイメージ)いて、お互いの形を知り合う作業ともいえるんでしょうか?



もしかしたら、片方が片方の懐(ふところ)に入るものなのかもしれません。これはいい現象でしょうか?



一緒に演奏しながら、相手の形に気づきするするとその穴に入って、その穴の形はどんなものか感じ取る、



Jazzならではの現象かも知れません。



ただまるで片方にメネジ、片方にオネジが掘られている状態で、それをしているような演奏もあります。



感じ取る、といいながら、万国共通のネジの形に彫っているわけですから、懐に入るのも簡単。二三度まわせばおあとはオートマチックに入っていけます。だれとでもトラブルなく演奏できる交通規制のマークみたいなものでしょうか。



いいたいのは、Jazzというのも、気をつけないと定石のようなものになってしまう、ということです。



Jazz vocalとウタバンソウシャの、自由、といいながら、その自由にお決まり、ができてしまている。



中津江から、うーんうーんと考えている、理想の演奏者のすがたは、けっしてネジは持たないと思う。



ネジでない私の懐をおもしろがって探ってくれる人



そういう人に出会ったので、きっと先にいけると思うんです。



今の自分をぶち壊す勇気も喜びと共にわいてくると思うんです。



最後まで読んでくれて有難う☆



おたがいに小さなスプーン程度でもいいので毎日に充実があるといいね♪



では引き続き、看板つくります(涙)




Posted at 21:23 | 未分類 | COM(0) | TB(0) |
2011.01.18

ほどくか千切るか

 昨日は震災の日。

17回目

関西の知り合いがまったくいなかった16回



こんなにも寒い日だったんか、とか



うちのお母さんがこんな寒い外にいたら一夜で死ぬな、とか



被災後に、そういう心労、体疲労で亡くなった人もいるんだろうな、とか



この平成の、こんな時代に『あの人は生きてる?良かった!でもあのおばさんはダメだった』というようなありえないような会話がとびかったなんて、とか



今年はそういうことを考えさせられた。





心と心が握手して、離れた手からは糸が出て、距離をとわずその糸はたまに引き合っておたがいの存在や動きが心強かったり、その距離がもどかしかったり。

親子も友達も恋人も先生も後輩も、この世にはたくさんのたくさんの糸が飛行機の経路図みたいにのびている。



昨日の朝おじいちゃんが亡くなった。91歳。笑顔でセンター1の人気を誇ったじいちゃん。



昨夜はプレお通夜で、親戚だけがあつまったのだけど、



近所のおばあちゃんがいて

じいちゃんの孫がその人にお座部やお茶を出して、

よめさんはそれを指導して、

じいちゃんの妹が来て

じいちゃんそっくりで



悲しいというより、なんだかほんわかした雰囲気だった。





じいちゃんは手から伸びた糸をゆっくりとほどいてから逝ってくれたけれど、

神戸ではみんな引き千切られている



引き千切られて、ずっとずっと探している。



いつか救われて欲しいな。

Posted at 09:47 | 未分類 | COM(0) | TB(0) |
2011.01.16

ぽつぽつとしていること

 インターネットはみんなをつなぎました。

みんなをひとつところにあつめることができました。

ひとつのことにおなじ気持ちになれることができます。



 あつまることはとってもいいこと。たのしいし、さびしくないし。和で輪です。

でもそれが、同じ色に染まってしまうことになってはいけない。

おなじ脳みそに染まってしまうことになってはいけない。

横の人を見ながらダンスを踊るようではいけない。

誰かの通ったワダチを通るのはつまらない。

 しかし今の世の中の状態はともすれば一斉にピンクにダーっ、金色にダーっ

かなり懸命に目をつむってむーーーーとしなければ、『今何色のこと考えてたんだっけ?』という感じ。



 ひとたびつないだ手が離れる瞬間に目に見えない糸が出て、そこからまたほかの物語が始まる

そういう楽しみが世の中にはあるんだよね。納豆の糸なみに繊細で美しい、ただよいかたが。





 ところで、わたしは最近やっとわかったんですけど、歌が上手になりたいわけではないみたいです。おどろきじゃないでしょうか、わたしのやってきたことってなんなんでしょうね(笑)



ヴォーカリストとシンガーソングライターの違いはそんな一言では表現できないかもしれないんだけど、知識として知っているというのと体に入っているというのは別物なんだなぁ。



ぃえいぃえい♪
Posted at 13:28 | 未分類 | COM(0) | TB(0) |
2011.01.11

つれづれ

 音楽をして、ライブして、仕事して、そのサイクルでがんばれるっって思っていたけれど、

やはり日常が色や音であふれた中にいる人とは瞬発力が違うな、と思います。



私は正直座っていたんだろうなー。



立たないと。





朝日をみて、音楽をして、万華鏡を見て、鳥人間を見て、魚になりきれないイスをみて夕日を見て



暗闇の中で曲をつくって、寝て、



で、いま設計をしている。。。。



めちゃくちゃでぐちゃぐちゃですよぅ。



でもきっといい方向へのめちゃめちゃぐちゃぐちゃだと思う。



今年は作る年にします。



出会いは必然☆



みなさま、ありがとう、いつも。




Posted at 12:49 | 未分類 | COM(0) | TB(0) |
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