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2011.09.27

たとえば

お互いのスポンジをもって、私たちはふれ合っている。

スポンジに吸わせたお出汁に絶大な確信を持ち生きる人と、先人の立てたルールをやけに気にし、せっかく吸い貯めたお出汁を搾り捨てて相手に合わせる人。とにかく他人のお出汁が羨ましくて吸いっぱなしの垂れ流しな人。いろいろ。



ある人は記号や数学的お出汁を好んで吸い、またある人は絵の具や言葉のお出汁をたっぷり吸っている。



もしそんな二人が共に音楽を奏でたら。

前者が○×▲◇~♪とお出汁をだす。

後者はそれを吸って 「空ー♪とかムラサキ~♪」などと表現する。



こう書けば、両者はどちらが間違いと言うことなく、それが二人の今の音楽なんだな。とナチュラルに思える。



だのに現実は違う。



「なんか違うんよな」と、感じたときにどうしたらいいの?

そう誰かに聞いたら 「コレダ!」というお出汁の人を探すべきよ

とある答えが帰ってきた。

「ただただぶれずに自分のお出汁をだすべきよ」

とある答えも帰ってきた。





最近私は日本人であることをちょっと誇りに思っている。黙って微笑んで、両方のことを包み込める新たな一手が、日本人ならできるから。 相手のお出汁への想像力、尊重。自分のお出汁を柳のようにしなやかに変化させる柔軟さ。それができるはず。



何言ってるかわからなくなりました。

ひとつ言いたいのは

でじる

ではなく

おだし

と読みます。

気をつけて!
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