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2012.07.30

遅ればせながら。。。

6月終わりから一週間、仙台のエマオボランティアセンターで活動した内容を書いてみました。
一度、エマオのことを詳しく書きたかったんですが、今になっちゃった。テヘペロン。
 
初日はTさんのお宅で納屋の中の清掃をしました。納屋の中の膨大な農機具を運びだし、内壁を高圧洗浄機で洗い流しました。壁四面すべてに津波の水位であろう、ラインが入っていました。窓に残る一枚だけ、記録として残し、あとは洗い流してほしい、と家主さんはいわれました。奥さんは嫌そうでしたが、結局、のこしました。作業後には「きれいになった」と何度も喜ばれていました。お昼休憩に、前回伺ったお宅の家主さんと犬のシロに挨拶に伺いました。ガラスを取り除いた畑にはトウモロコシと枝豆がたくましく成長していました。なによりうれしいことでした。

 2日目は、毎朝の仮設ラジオ体操の場所でボランティアに来られていた川上盾さんと演奏会をしました。私も何曲か、みなさんの知っておられそうな曲を歌わせていただきました。次回伺うときには、おばあちゃんの好きな歌手の歌を覚えて伺おうと思います。島津亜矢、美空ひばり、二葉なんとかさん、という方がお気に入りのようです。
いままでの私のオリジナルは、「よりそっていただく音楽」。歌詞を聞いていただいて、ふーんこういうこと考えたんだね、という姿勢で聞いてもらっていて、生活の落ち着いた、精神のおちついた人ならなんとか、してもらえるかな、というような。でも、ここでやりたいと思ったのは、「提供できる音楽」。いかなる精神上状態の方にもキャッチできて、こころおどるな、とか、わぁ綺麗☆、とか、いろんな空気、色、感情を提供できる音楽。
わたしは、逆に、ここでは一流のものでないと、だめだ、と思ってしまいました。そうでないと、聞く人はキャッチできないかもしれません。提供することにならないかもしれません。
あと、川上盾さんは仮設ではすべてカバー曲。夜のエマオセンターではすべてオリジナル曲のライブをしてくれました。地に足の着いた彼の音楽に触れられて、良かったです。本当に良かったです。

3日目はKさんの畑でとうもろこしを植えました。1つのラインが20mほどで、その両端に杭を打ち、ロープをピンと張ってそれに沿って植えるようにしました。また、30㎝ごとに記しのついた棒を使い、等間隔に植えることができました。Kさんのお宅は長くボランティアを引き受けてくださっているお宅で、「だれが来ても作業しやすい」工夫がいたるところにみられました。日々、入れ替わるボランティアさんを毎日ようこそと迎え入れるという事はだれでもができることではないな、と思いました。
 
4日目は同じKさんの畑でした。炎天下の中の草とりでしたが、家主さんに大変気を使っていただきました。
作業の合間、ほかの家主さんが、「うちの畑、頼んでいたけど、だれもいないの」と、知らせに来てくれました。ほがらかな雰囲気でのやりとりでしたが、話す訛りもちがうため、その方がどうしてほしいか、畑の場所、連絡方法などのやりとりに気を使いました。おうちの方が、どうしてほしいか、してほしいけれど、言いにくいことか、どうされたら嫌なのかということを、年齢も違う、育った環境や文化も少し違う人同士がコミュニケーションをとる、まして震災後の緊張状態では細心の注意が必要であっただろうと、スタッフをされている方々の日頃の努力を想像できた経験となりました。             
 家主さんと休憩中に話す機会があり、「老後は農園付きの老人ホームを経営したいと思っていたけど、全部流されて、本当に夢も希望もない。またこうやって農業をするとは自分でも思っていなかった。みんなには随分と背中を押された」と言われていました。返す言葉がありませんでした。でも、とっても爽やかな風が吹いていました。

5日目は同じ苗字の別のKさん宅にシーズンオフの野菜を集めて腐葉土にする作業をしました。そのお宅は、近隣で震災後もっともはやく農業を再開されたお宅でした。たしかに畑の面積や植えられている作物の種類などをみてもそれが何となくわかりました。昼休憩、屋内からお墓の集落のようなものが見えました。たくさんのお墓がほとんどなぎ倒されていたのを、エマオのボランティアが入り、全面的に整える作業をしたそうです。
お墓を触らせる、というのは地域の人間がそのボランティア団体を受け入れている証のようなもので、エマオの拠点の笹屋敷にはその写真もありました。その日に一緒にワークをしたのは、帰国子女の高校生と、日本人とアメリカ人を両親に持つ男の子でした。私は英語が、彼は日本語が、あまり得意ではなかったのですが、高校生の女の子に通訳してもらいながら、いろんな話をしました。「寄り添う」っていう言葉はアメリカにもあるのか聞いたところ、「同情はSympathy、これはだれでも簡単にできる。でも、同じ高さにしゃがんで、同じように感じる、共感する、したいと思うことはEmpathyっていうんだ。Empathyは難しい。」と教えてくれました。そして作業が終わるころ、僕と話をしてくれてありがとうと言ってくれました。日本に来て、言葉の壁がストレスだった。とも言っていました。寄り添うというのは、東北だけに必要なものではない、家族に、学校に、会社に、どこにでも必要なものだろうなと思いました。

 間に日曜日があり、その日はワーク(作業)はなかったのですが、仮設でもラジオ体操には参加させていただきました。どこからかもらってきたあじさいをペットボトルに活けました。おばあちゃん達が見えやすいように短めに切り、テーブルにおきました。帰り道、一人のスタッフさんが、エマオでスタッフをすることになった経緯を話してくれました。
東京で、行きたい大学が、震災のせいで入試が行われず、不本意な大学に行くことになったことについて当初、被害者としての意識しかなく、TVで悲惨な映像は流れてくるけど、なにもせずダラダラとすごしてしまった。いまこうしてここにいるけどもっと早く来れば良かった。
彼はスタッフとして、本当に私がショックを受けるほどに輝いていて、これ以上ないほど強い動機で生きていてうらやましいなぁと思っていました。私はかなり生き迷っていたので、とってもショックでした。
でも、きっとみんな同じように方向を見失って生きていて、ここに、すさまじい意義を見つけたんだなぁと思います。
こんなにも健やかで清々しい強い風で、彼らの船の帆はぐっとアーチを作って、なのに大きないかりをおろしているので前には進めない。そんな感じです。人生でこんなに健全な方向性に向かって進めるときがどれくらいあるんだろう。
すくなくともわたしは、そこを適当に進んでいたところがあります。

 6日目最終日は3日目に伺ったKさんのビニールハウスで草取りをしました。一緒に作業に入られた方は、前日まで福島で除染作業をされていた方でした。自分が働き盛りだったころ、神戸の震災では何もできなかったから。と言われていました。お昼休憩には、震災直後のはなしを沢山伺うことが出来ました。カップラーメン1つが手に入らない情けなさ、有名な被災地地名ではないのに、軽トラックで物資を運んでくれた人たちへの不思議と、感謝を繰り返し口にされていました。

 いまさら、私が行って、なんの役に立つのか、と思ったりもします。正直、自分のために行っている気もします。罪悪感からの解放といった意味で。でも、行ってみれば、想像以上のものを目に見えないものをもらいます。そして役に立つのか、という問題については、向こうで過ごしていると、役に立つ、という発想自体が無意味だと感じられるようになります。「ただ、いるだけで良い。」梅ちゃん先生のドラマでの坂田先生のセリフですが、まさにその通りでした。家主さん、スタッフさん、ボランティアさん、とぎれなく、そこにただいる、だけで日々は穏やかにやさしく回っていく感覚がありました。そして、いまさら、来てくれる人に対して、向こうのみなさんは忘れないでいてくれたんだ、ありがとう、という気持ちになるそうです。ありがたい、とスタッフさんも言われていました。もちろん、震災当初は、力仕事が多いという意味では力持ちの男性が必要だったのかもしれません。しかし、時間の経過によって、必要なものは変わっていきます。いまは一人ぼっちにさせないことが必要だと思います。復興は心がまず立ち直らなくては、本当の復興ではない、と、ほかのボランティアさんも言われていました。宮城県若林区七郷という場所にたくさんのあたらしい人間関係を作ることが出来ました。そうなると、被災地、ではなく、誰々さんの住んでいるところ、被災者、ではなく、誰々さん、と思うようになります。
 また、「祈り」というものについて、より近く感じられるようになりました。祈りは毎日です。作業を始める前、終わった後にも祈ります。神様に今日あったことを報告したり、感謝したり。わたしは今まで、毎日すごいな、と思っていました。単純な人間なので、いつも泣きそうになります。
 農家の家主のKさんは日々入れ替わるボランティアさんにありがとう、よろしくおねがいします。すんません。といいます。名前も憶えてくれます。作業の手順も何度でも教えてくれます。
 スタッフさんは毎朝、作業前にボランティアさんに注意事項を言われます。
・写真撮影は禁止です。壊れた自分の家をとられる心情を考えてあげてほしい。もし、関係が築けてとる場合でも、断る選択肢もあげてほしい。
・作業は効率ではなく、寄り添って、相手がどうしてほしいか、何をされたら嫌なのか、考えて感じて、ゆっくりと進めてほしい。
・震災当初の話をずけずけと一方的に聞かないでほしい。もし、会話が難しいと感じたら、相手の言うこと、呼吸、歩くペースなどに合わせて相づちをうてばいいです。
一部ですが、こういった注意事項を毎日、スタッフさん自身もかみしめるように、今、思うことのように話されます。
不謹慎かもしれませんが、祈りもKさんの言葉も、スタッフさんの注意事項も、わたしには同じだけ愛情を感じました。世の中すてたものではないな、って感じさせてくれる瞬間なのです。わたしも、日々繰り返すことをもっと大事にしたい、そう強く感じます。日々同じ歌を歌うとして、私の心持ち次第でもっともっと良いものになると思いました。

以上、レポーター奈美恵でした。

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Posted at 02:32 | ただいま | COM(7) | TB(0) |
2012.07.23

幸せの青い鳥


鳥になる
風になる
羽になる

その羽ばたきが
今はあなたを哀しませても

いつかあなたのための
鳥になる
風になる
羽になる

いつかあなたを飛ばす
風になる
Posted at 03:27 | 日々の歌 | COM(0) | TB(0) |
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