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2014.08.28

駅員さんと盲導犬にとって住み良い国

最近は盲導犬とは言わないそうですね。
お互いに助け合うパートナー犬。

私にとって頭が上がらない生き方をしているあの犬たちが刺されたり、蹴られたりしている。

そしてホームにて乗客を案内する駅員さんにたいする暴力も近年、増加するばかり。

こないだはホームで4歳くらいの女の子に向かって

『っあんたばっかじゃないの!!!?トイレくらい行っときなさいよ!』
『どーすんの!?この電車のらなきゃ間に合わない!!!』
『どーすんの?我慢できる?!』

と怒鳴る母親(スマホでパケットしながら)

を見ました。

いろんなしわ寄せが弱い弱い、無抵抗なところ、さらけ出さざるを得ない役職の人たちに向かっていく。

あの母親のストレスの原因は(以下、妄想です。)

旦那だったりして

旦那が冷たい、暴力をふるう

その旦那のストレスの原因は

上司だったりして

上司による嫌がらせ、過大なプレッシャー

その上司のストレスの原因は

社長だったりして

社長による…。

その社長のストレスの原因は


ずっとその順繰り。

あのトイレを我慢セざるを得なくなった小さな女の子は、いったいどこに向かうんだろう。

この順繰りは、嫌な思いをさせられ、その仕返しをなにか他の対象物にたらい回しにすることで成り立っている。
当座、精神のバランスを保つのに役だっている。

人間はそういう、変換が可能な生き物だ。

もし、嫌な思いをさせられた時に、その仕打ちをした相手に、やり返す、という形でしか、抱えているストレスが解消されなかったら、世の中どうなるのだろう。

大変なことになる。

やり返せない相手であることが多いからだ。

だから、ぎゅーーーっと自分の中でだけ、抱える。

でも、ゴールデンリトリバーは刺されることはない。だって彼らはだれのことも傷つけないから

あの小さな女の子も、助かる。

幸せ指数だかなんだか知らんけど。

駅員さんや盲導犬が住み良い国と思えたら、それはいい国だと思う。



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Posted at 21:10 | 思い | COM(0) | TB(0) |
2014.08.10

戦争について考えたような気がする

今日、書き表したいのは、いつものように雑感ではあるが、これまた私の中ではひとつづき・・・


8月6日、その日までの一週間、当日、あからさまに戦争関連のNHK番組が減ったような気がする。

明日、過去五年間のテレビ欄をみればすぐに正確なところがわかるだろう。

この世の中はどうなっているのか、慰安婦問題はいったいだれが本当のことを言っているの?

福島のお米は食べていいの?ダメなの?

だれに投票したらいいの?

どうすれば懸命なありかたで世の中を見、距離をとり、止めるべきは止める、ということができるんだろう?

ずっと悶々としていた。

フェイスブック上で本当か嘘かわからない、けれど、食べ物で言うなれば添加物がいっぱい入っていそうな情報は山というほどシェアされている。軽々しいシェアと感じるものも多くある。

ここ一年、単なる情報拡散で終わらず、物事の捉えかたについてまで提案を投げかけてくれる人がいる。

その人はひたすらに『テレビは見ない方がいい』という。

ドキュメンタリーとか、震災のことを忘れないでいるためには放送してくれてサンキュ、みたいな番組もありますよ?

と言ったら、そういうドキュメンタリーは特に見ない方がいい。とのこと

とにかく、彼は問いに対して直接的にわかりやすい回答はしてくれない。

イメージ的にはヒントのような光る石をポチョンポチョンと散りばめたような言葉だけくれる。

はぁ?という感じ。

その人の話で確かに理解し、納得したことが2つある。

①ドキュメンタリーにしろ、フィクションにしろ、悪意のある歪曲情報にしろ、それは風向きのようなもの。
強く感動する情報だったとすればそれはすんごい勢いの風。わたしは単にそのだれかによって起こされた風に吹かれて煽られている(だけ)にすぎない。
もしかしたら、その強い風は、本当に今考えるべき事柄からわたしを煙に巻いているのかもしれない。
なんにせよ、受け身。
②慰安婦問題、福島の風評被害のように、本当のところがどうだったか、一見わかりようもないような情報はいろんな立場の人(マスコミ、政治家、被害者団体、その情報工作によって利益を得る人たち)によって利用される運命にある。情報を受取る側がそのことを理解していないと、いちいち、巻き起こる風に、西に東にと好き放題翻弄されてしまう。

この2点。この2点だけは、あの何回なやりとりのなかで確かに頂いた。

はっきりいって、あたりまえじゃん、という話。でも、本当にこれが役に立つのは、非常事態のときだと思う。極限状態で、パニックの状態の、弱い時は、軸がなければ絶対に翻弄される。
あたりまえだけれど、口に出して自分に言い聞かせないと、いざというときに向こうの思う壺だ。


そして、その2点を掴んだあとに、『じゃあ、それだけでいいの?』

そこで本をよむことにした。
とても興味があるのは日本人が第二次世界大戦に突入した時、どんな精神状態だったのか、戦後、どんなふうにアメリカの首輪をつけられたのか、そして今に至る数珠つなぎのしくみができたのか。
精神史?とでも言おうか。

最初に読んだのは赤坂真理さんの『愛と暴力の戦後とその後』

http://www.amazon.co.jp/愛と暴力の戦後とその後-講談社現代新書-赤坂-真理/dp/4062882469/ref=pd_sxp_grid_i_0_0

これは『東京プリズン』という著名な本を書かれた作家さんの戦後、自分の親達はそんなふうに負けを受け入れ、アメリカはどんなニュアンスを憲法に組み入れているか、赤軍?学生運動?なんでこういうことについて私達何も知らないんだろう?そこまで手繰っていけばいんだろう?というひとりの女性の疑問と、それを解いていく過程、を彼女の実体験を通して書いている。何を失ったか。なぜ病んだか。

そしてその本の後半に登場する『鶴見俊輔』。この人に惹かれ、いまこの人の本をたくさん読んでいる。

http://www.amazon.co.jp/ぼくはこう生きている-君はどうか-鶴見-俊輔/dp/4267018405/ref=sr_1_1?s=books&ie=UTF8&qid=1407596320&sr=1-1&keywords=君はどうか

http://www.amazon.co.jp/戦時期日本の精神史―1931%7E1945年-同時代ライブラリー-鶴見-俊輔/dp/4002600823/ref=sr_1_2?s=books&ie=UTF8&qid=1407596369&sr=1-2&keywords=精神史%E3%80%80鶴見


御年94?歳の方で、大戦中はハーバードの大学生だったが、交換船で帰国し、通訳士として戦地に入る。

とにかく難しい。

ごめんなさい、ここから肝心なので、体力あるときに書きます…

っl



Posted at 00:06 | 思い | COM(0) | TB(0) |
2014.08.04

はたらくおんな

先日、ニュースで阿部さんが
「女性の活用を…」
と言っていた。
この人神様みたいなことを言うな、と思った。
活用て、
男性も女性も超えた、人智を超えた人なら言いそうな発言。

同じ日のニュースでマタニティハラスメントについて、女性の体験談が放送されていた。
雑誌の編集を契約社員でやっていて、結婚、妊娠ときて、体調不良、流産のおそれがあり、会社を休みがちになり、上司から、迷惑!、辞めて!と言われ、辞めさせられたが、結果流産…。
現在はマタニティハラスメントの会をつくり、活動している。
インタビューに映るキッチン、ダイニングは、相当の良いマンションのようだった。

避難を承知で言うが、

このひと、まだ欲しいん…と思った。

その次に、

あれ?てことはわたしの中で、女性は社会で活躍するという満足は優先度的に低くあるべきだという思いがあるらしい、ということが分かった。

ところで、託児所というのは預けるのにいくらかかるんだろう?
うちの近所には
月額45000円から、と書いてある。
仮に20日でこの金額なら、一日2250円
仮に八時間預けた金額とすれば一時間280円ほどだ。
自分の母親が日々してくれていた世話、かたりかけ、抱擁、あやし、教育を思えば安すぎる、
かといって、パートで頑張らなければいけないお母さんにとっては痛い金額。

とにかく、言いたいのは、お母さんは毎日、プライスにはし難い、必要なものを子供に注ぐ。

いまの人は目に見えぬものに価値を見出さない。
音楽をしていて、たまに思い知らされる。
それは、家庭にも入り込んでいる。
金を生み出す作業をすることで、わたしは充実している、と感じるのかも。

出産しても、仕事においての満足を失いたくない、それは100年先の日本、とかのレベルでいって、どうなんだろう?

以前勤めていた会社は社長は男性、副社長は女性だった。
社長が男性社員を好待遇した時に副社長は怒って、女性社員の前で弁明を求めた、たいへんな出来事があった。
社長は
男の人はずっと会社にいてくれるでしょ?だから責任ある仕事を任すんだよ、女の子は結婚しなきゃいけないでしょ?いや、いてくれるって約束してくれるなら任せるよ?でも、いなくなっちゃうなら、いま、目の前の仕事を一生懸命やればいんだよ。
と言われた。えらくはっきり。

あの時なんと返せば良かったか、いまでも時々かんがえる。

たまに出る答えは、もし、自分が、赤ちゃんを産んで子供を育てるということを本当に尊い、誇り高い役目と思っていたら、あのとき、じだんだ踏んで悔しがることもなかったのに。やはりかるくみているのかな、わたしは…などとかんがえる。

眠いのでまた今度(~_~;)

Posted at 08:18 | 思い | COM(0) | TB(0) |
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