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2015.04.07

キ ノ メ ド キ

しばし、病んでいました。

いや~、なかなか!_| ̄|○

風邪も長引くし、ご飯も美味しくないし、なにもしてなくても、なんというか心臓を雑巾のように絞られたような気分で…
息も浅く、はぁ、ふぅ、となんだか焦ったり。
猫ならばたぶん、自分の調子が悪い時は部屋の隅っこでじっとして、余計なことを考えず滋養するのだろうけど、人間て、変にものを考えるので、痛くもない腹を探ったり、とっくに治っている古傷が疼いて見たり、心までなーんだかマイナスの方向に行ったりなんかして。

気づいてみると、この時期、鬱々としているのは私だけではないみたい。

そ、そういえば、去年の今頃も同じような現象があって、おじいさんにいわれたんだ。

木の芽時

きのめどき?このめどき?

文字通り、植物が芽吹く春先、人間は寒暖差やライフスタイルの大きな変化にストレスを受け、体調や心身に負荷をかけているらしい。

寒暖差で大変なのは木々も同じ。
そんな時に彼らは体にエネルギーを充満させて花や芽を世に出すんだな。


昨夜はそのことについて考え、こりゃ仕方が無いと、夜中、マイケルジャクソンの歌を歌って一人ドキドキして過ごした。

きっと木々があれだけの花を咲かせるために、根っこから地球のありとあらゆるエネルギーを吸い上げているに違いない。桜並木のすぐそばに生息する私のエネルギーもきっと吸われている。

だからこの時期、もろにその影響を受けているのだろう

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養老孟司氏の「自分の壁」という本であのおじいさんが言っていたのは

自分探しの旅とか、自分らしさを武器にとか、オリジナリティを出して、とか、ちゃんちゃらおかしいわぃ、ということ。

自分の中に、答えだの、真理だの、普遍的な何かがあるのではなく、無意識になってしまっている周囲との関わりというものにもっと気づくことが大事と。

このことがすごく理解できた。

自分の具合が悪いことを自分の中心に求めることも時に必要だけど、いま自分が立っていられること、しな~と倒れてしまうこと、全てまわりの事柄が許しているのだと思う。

いまは木の芽、桜の花にエネルギーを渡そうじゃないの。

たぶん秋にあれだけ私が発奮できているのは彼らのおかげだから。

調子が悪くなりやすい人はたぶんこのエネルギーのやりとりにおける、細胞壁みたいなものが穴だらけなので、たやすくエネルギーを周囲に分けてしまい、もらう方が下手なのかも。

その反対の人もいるかもね。

そして木の芽時はどう過ごせば良いのか。

やはりなにか取り込むべきか

それとも滞るものを流すか

みんなで考えよ~





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