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2013.11.14

マイケルとアンパンマンと母

 朝、品川を歩いている時、マイケル・ジャクソンの大好きな曲を鼻歌で歌いたくなった。

man in the mirrorという曲

歌詞はこんな感じ

お気に入りのコートで町を歩く、道端にはストリートチルドレン。

見て見ぬふり。

ぼくの心をスッと風が通り抜ける

ぼくは鏡の前の男に語りかける

『おまえはいったいなにやってんだ?』

『ますは自分から、変わるべきだよ』

…。



そうでありたいと思う自分と、この世の嘆きすべてに身を削っていては瞬時に一文無しだよ、と思う自分がいます。


フィリピンでは地獄模様。

赤ちゃんに必要なクスリを手に入れるために奔走したが、手遅れ。お母さんは泣きながらずっと子供を抱えたまま。

先日、やなせたかしさんが亡くなって、アンパンマンのエピソードがテレビでやっていた。

当初の絵はそれはもう、とてもとてもシュールな、大人向けの絵のタッチで書かれていた。

そこには、巷のヒーロー像にたいする、やなせさんの疑問が昇華されている。

『自分はひとつも痛みがなく、圧倒的な強さで敵を倒し、マント一つ汚さず飛び去っていく、それが助けるということ?』

だからアンパンマンは困った人に、あんなことをするんだな。

中学生のころ、私はアンパンマンを馬鹿にしていました。

『予備の顔いつも持っとけよ〜』

『小さいアンパン持っとけよ〜』

『顔濡らすから負けるのわかってるんならビニールかぶれよ』


やなせさんが見せたかった、『人を助ける』ということは、いつも余裕の立場の人が、自分が困らない程度に可哀想な人にほどこしや手助けとすることではないということ。
自分も困るかもしれないけど、いざとなったら、自分もどろんこになってもがく、それがおおらかな、当たり前のこととして覚悟できていること。それがヒーロー。いや、もはやヒーローとかいわず、良い生き方。


ごめんなさいアンパンマン様。私はあなたの足元にも及びません。

でも即効性のある団体に支援金を振り込もうと思う。


どの程度の犠牲を払って支援するか


これは人の数だけ回答があるでしょう。

私の回答は『おてんとうさんに顔向けできるぐらい』

です。


ちなみに、私の母は、私が小さいとき、

『友達の誕生プレゼントを買う?なんで買うん?プレゼントは自分の宝もんの中から選んであげるものよ』

といっていたけど、やなせさんに遠からずですね。





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