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2014.07.17

想像力

思うことを散文します。わかりにくいかもしれないけど、自分のなかではすべてひとつながりなこと。

いつもの満月より大きく見えるらしいとのことで、急遽江ノ電にのり、由比ヶ浜に行った。

面白いほど雲が出ていて、月はあんまり見えなかった。

ひさしぶりの海に喜んで、裸足でジャブジャブと入った。


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瀬戸内海と違い、相当に波は激しく、ザバー、ジャバーとひっきりなしに騒いていた。
波は激しく動く時、白っぽくなる。泡?
それが海の向こうから横幅10mとかの波でやってくる。
ぼーっと立っていると、なんだか怖くなる。
向こうからザー!っと白い横線が押し寄せてきて、とてつも無い津波がくるような感覚になった。
音を聞くだけで嫌な人もいるかもしれない。
あの怖さ、経験した人にしかわからない。
でも、みんな前に進んでいこうとする。
こわいわたしがわるいのか、と責める人もいるかもしれない。
1%も同じ気持になれていない。

NHKで特攻で子供を失ったお母さんに聞き取り調査をした古い古いテープを流していた。

息子が兵隊さんにいってなぁ、初めて面会の許可がおりたんよなぁ。
最初は他愛もない話をしょうたんじゃけぇど、息子が泣きだしてなぁ、こわい、ゆうーて。
じゃけゆうたんよぉ『お母さんがどねーしてでも謝っちゃるけぇ、一緒に帰ろうや』ゆーて。
じゃけどそれはできん!、ゆーて。
そうしょうたら憲兵さんの足音が向こうからカツーンカツーンゆぅてなあ、サーベルの音もだんだん近づいてきて、息子はそれにきづいてグシャグシャ!と顔を拭いて『ほなお母さん元気でな』ゆーて部屋を出ていったんよぉ。あのとき連れて帰っとったらなぁ。ーーーーー

聞きながら、戦争って、こうゆうことなんよなぁ、忘れとったっていうか、インプットもできてなかったっていうか、、、、
こういう思いを母親にさせるってことが戦争なんよなぁ。

こわい、と思った。

福島原発の戦慄から4年も立っていないのにあの、悲鳴、恐怖、絶望は薄まっている。
新橋のサラリーマンは街頭インタヴューで『原発の即時停止は非現実的なので長期的にみて、、、、』と言っている。

私のおばあちゃんの家には3枚も特攻で亡くなった男性の写真がかざってあるのに、それがなんなのか、気にもしなかった。
おばあちゃんのお兄ちゃん達3人は、全員特攻で亡くなった。
つまりひいばあちゃんは、三回も心を亡くしている。
『わたしゃぁ、生きとってええことなんか一つもなかった』といったらしい。
私は、なんにも触れずに生きてきた。

宮城の市役所で、震災時、最後まで市民に避難を呼びかけて、亡くなった若い女性のお母さんは現在、彼女のことを語り継ぐための民宿を始めた。
新しいスタートをようやくきれたが、民宿をやると決める前までは、娘を亡くした悲しみ、それが時が経つにつれ、癒えていくことに自分を責めたそうだ。忘れていく自分を責めたそうだ。ボランティアのみんなにゴハンを提供して、みんなを微笑みながらゴハンを食べることを責めた。

ひいばあちゃんは三人の息子を亡くしている。
責めたろうか。

自分の身内なのに。思いをやることがなかった。思いやりが無いとはよく言ったものだ。

もう亡くなったので、なにも聞けない。

わたしはお盆に帰った時、唯一生き残ったひいばあちゃんの娘(つまりばあちゃん)に話を聞こうと思う。

最近、後ろの方で良くない足音が近づいてくる気がしてしょうがない。

どうしたら正体を暴けるか。

どうしたら良くないものにコントロールされないでいられるか。

感情的にも勉強が必要。

冷静に知識が必要。

8月が来る。

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