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2014.08.10

戦争について考えたような気がする

今日、書き表したいのは、いつものように雑感ではあるが、これまた私の中ではひとつづき・・・


8月6日、その日までの一週間、当日、あからさまに戦争関連のNHK番組が減ったような気がする。

明日、過去五年間のテレビ欄をみればすぐに正確なところがわかるだろう。

この世の中はどうなっているのか、慰安婦問題はいったいだれが本当のことを言っているの?

福島のお米は食べていいの?ダメなの?

だれに投票したらいいの?

どうすれば懸命なありかたで世の中を見、距離をとり、止めるべきは止める、ということができるんだろう?

ずっと悶々としていた。

フェイスブック上で本当か嘘かわからない、けれど、食べ物で言うなれば添加物がいっぱい入っていそうな情報は山というほどシェアされている。軽々しいシェアと感じるものも多くある。

ここ一年、単なる情報拡散で終わらず、物事の捉えかたについてまで提案を投げかけてくれる人がいる。

その人はひたすらに『テレビは見ない方がいい』という。

ドキュメンタリーとか、震災のことを忘れないでいるためには放送してくれてサンキュ、みたいな番組もありますよ?

と言ったら、そういうドキュメンタリーは特に見ない方がいい。とのこと

とにかく、彼は問いに対して直接的にわかりやすい回答はしてくれない。

イメージ的にはヒントのような光る石をポチョンポチョンと散りばめたような言葉だけくれる。

はぁ?という感じ。

その人の話で確かに理解し、納得したことが2つある。

①ドキュメンタリーにしろ、フィクションにしろ、悪意のある歪曲情報にしろ、それは風向きのようなもの。
強く感動する情報だったとすればそれはすんごい勢いの風。わたしは単にそのだれかによって起こされた風に吹かれて煽られている(だけ)にすぎない。
もしかしたら、その強い風は、本当に今考えるべき事柄からわたしを煙に巻いているのかもしれない。
なんにせよ、受け身。
②慰安婦問題、福島の風評被害のように、本当のところがどうだったか、一見わかりようもないような情報はいろんな立場の人(マスコミ、政治家、被害者団体、その情報工作によって利益を得る人たち)によって利用される運命にある。情報を受取る側がそのことを理解していないと、いちいち、巻き起こる風に、西に東にと好き放題翻弄されてしまう。

この2点。この2点だけは、あの何回なやりとりのなかで確かに頂いた。

はっきりいって、あたりまえじゃん、という話。でも、本当にこれが役に立つのは、非常事態のときだと思う。極限状態で、パニックの状態の、弱い時は、軸がなければ絶対に翻弄される。
あたりまえだけれど、口に出して自分に言い聞かせないと、いざというときに向こうの思う壺だ。


そして、その2点を掴んだあとに、『じゃあ、それだけでいいの?』

そこで本をよむことにした。
とても興味があるのは日本人が第二次世界大戦に突入した時、どんな精神状態だったのか、戦後、どんなふうにアメリカの首輪をつけられたのか、そして今に至る数珠つなぎのしくみができたのか。
精神史?とでも言おうか。

最初に読んだのは赤坂真理さんの『愛と暴力の戦後とその後』

http://www.amazon.co.jp/愛と暴力の戦後とその後-講談社現代新書-赤坂-真理/dp/4062882469/ref=pd_sxp_grid_i_0_0

これは『東京プリズン』という著名な本を書かれた作家さんの戦後、自分の親達はそんなふうに負けを受け入れ、アメリカはどんなニュアンスを憲法に組み入れているか、赤軍?学生運動?なんでこういうことについて私達何も知らないんだろう?そこまで手繰っていけばいんだろう?というひとりの女性の疑問と、それを解いていく過程、を彼女の実体験を通して書いている。何を失ったか。なぜ病んだか。

そしてその本の後半に登場する『鶴見俊輔』。この人に惹かれ、いまこの人の本をたくさん読んでいる。

http://www.amazon.co.jp/ぼくはこう生きている-君はどうか-鶴見-俊輔/dp/4267018405/ref=sr_1_1?s=books&ie=UTF8&qid=1407596320&sr=1-1&keywords=君はどうか

http://www.amazon.co.jp/戦時期日本の精神史―1931%7E1945年-同時代ライブラリー-鶴見-俊輔/dp/4002600823/ref=sr_1_2?s=books&ie=UTF8&qid=1407596369&sr=1-2&keywords=精神史%E3%80%80鶴見


御年94?歳の方で、大戦中はハーバードの大学生だったが、交換船で帰国し、通訳士として戦地に入る。

とにかく難しい。

ごめんなさい、ここから肝心なので、体力あるときに書きます…

っl


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