--.--.--

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

2015.02.16

言葉が降る

ぼけたふり してでも妻を 傍におく

さっきクローズアップ現代を見ていた際に、瞬間の隙をつかれた

いま定年を迎えた、男性の間で川柳がブームなんだそうだ。

「やることなくて途方にくれていたけど、お題をだされて一生懸命いろんな言い回しを考えると、もう夢中になれます。」

高度経済成長期にしゃかりき働いた人たちは夫婦の時間、過程の時間もなかったりで、

定年後、自分の母親の介護をしている奥さんに、いまさらどんな態度をとっていいか、関係をどう作りなおしたらいいかわからなかったけど、川柳に自分の思いをのせて、表したりするそうだ。

冒頭の句は男性が奥さんに送ったもの。

「いや、ずっと(奥さんのほうが)大変だと思ってた」

そんな、ポツリとした小さな一言で、奥さんは「ごめん」と朗らかだった顔をクシャ、として手で顔を抑えて泣いておられた。
「いままでそんなこと言ってくれたことなかった」

と、奥さんの方も言葉少なに。

それが、どうにも私には泣けてしょうがなかった。

例えるなら氷山の一角。

見えている部分にとらわれず、本質を知りたい。

というか、事実あるかどうかより、あると信じれる人になりたい。あたりまえのように。

というか、無くても構わない、私の中から生まれる愛で行動できるようになりたい。

事実、あの奥さんは旦那がどう思っていようが関係なく、日々の大変なつとめをされてきたように、わたしはあの態度を見て感じたから。

そして、たった一言で気持ちがあふれるあの奥さんの満ち満ちている感も美しい。

美しい。

そういう人のものすごさを歌にできたら、もう満足だ。

でもそういう極まりの部分にはもう音楽はいらないかもしれない、と弱気にもなる。

だから、添えられるくらいの歌はつくりたい。

ってハードルを下げてみる。



スポンサーサイト

この記事へのトラックバックURL
http://mmikeneko.blog134.fc2.com/tb.php/305-5f12838a
この記事へのトラックバック
この記事へのコメント
管理者にだけ表示を許可する
 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。