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2015.07.23

美輪明宏を抱きしめる

最近、芸術について考える、と題する会に参加しました。

そこでどなたかの発言の中に、昔は科学も芸術も宗教も同じモノ、同じ扱い、だった、が、(おそらく)産業革命後に、政治、経済というものが、前者を支配下に収め、そのことにより、有名なの?意味あるの?儲かるの?という基準で芸術が支配されるようになったというような話を聞いた。

自然の法則を知ろうとする科学と描く、奏でる、昇華し、表現する芸術が同じ扱いといのには驚かされた。当時の人からすれば、そこを分ける意味もわからないのかもしれない。

医学や科学ですべて解明されるというのは大きな間違い

↑字面ではわかるんだけど、もう染み付いちゃってて。例えば男の人が女の人の格好をしたがるのを、いまは「性同一性障害」というような、命名をして、それでやっとみんななんか、理解した気になって安心して、結果、ひと昔前よりはいじめられたりしなくなっているでしょう。

美輪明宏さんも、当時は酷く虐げられていたと言われていた。虐げられていた美輪さんを当時抱きしめていたのは芸術の世界。芸術は美輪さんをミステリアスな存在に変身させた。なんか、よーわからんけど、はっきりせんけど、理屈は無力。心奪われる存在。

憲法改正とか、原発のことについて、たくさんの物知りな人がいろいろと言うのだけど、それって彼らに任せきりでいいのかな、と思う。知識で持って的確に明確に地図を張り巡らせるようにものが言える人の言葉だけが平和を守るのかなぁ?分けずに、絵描きもダンサーも宗教家も各々の形で意思表示したらいいよなぁ。
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