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2011.09.11

幻鳥の賛否両論

太田光が好きです。大好きよりは好き、くらいです。

あいつの話ってば高尚ぶっててむかつくんです。

でも好きなのは、それを諦観して、あえていっちゃってるところ。わたしにはないもの。



今日本屋に行きました。太田光の短編「幻の鳥」←ベストセラーなんだって。を切り絵の名人が挿絵入れて

絵本になったやつ。





私の感想の前に、アマゾンからパクッた、二つの賛否を転載。





レヴゅー①

思想が如実に伺えるのは確かだが、それはそれで仕方がないような気がした。私が思うに、表現者としての太田氏は“言いたい事を言う”スタンスだし、得てして言いたい事を言う人は、どこかで“人からどう思われたって構わない”と考えてると思うからだ。表現者としてこのスタンスは、近年お笑いであれ、ミュージシャンであれ、非常に稀なスタンスだと思う。何故ならお笑いもミュージシャンも、ある種の“空気を読む”ということに、とらわれ過ぎて、自己の内面を今ひとつ表現しきれていないような気がする。特に昨今のミュージシャンが、ありふれたラブソングや友情ソングしか歌えないのは、そういうことだと思う。確かに、この小説のいくつかのお話には、第二次世界大戦や、同時多発テロを、内包させるようなストーリーがある。そしてその中には、太田氏の考えが如実に出ていると思われる。しかし、“物語”という表現方法でなければ、第二次世界大戦や、同時多発テロに関わった当事者達に、これほど思い馳せることがあるだろうか?表現者たる才能を持ち合わせていない私は、ここまでの想像力を膨らませることは出来ない。太田氏には、表現者ではないそういった人達にも、“ニュースとは別の形で、当事者達の感情を思い起こさせる”ご助力を賜ったように思っている。本職がお笑い芸人であるために、どっかの小説家みたいにまどろっこしい、さっさと話の核心に行けよ…、というような文章ではない為に、非常に読みやすかったのもかなりの好印象だった。



レビュー②

作者が言いたいことはガンガン伝わってくる。ただ、そのためにただの悪者が出てくるのは、物語として楽しみたい身としては辟易する。

 また、強調したい箇所を改行で囲ってみたり、やたら改行したりと、「ここ見て!ここしっかり読んで!」と言わんばかりの構成は、実用書ならともかく、小説でやられては読んでいて煩わしい。

 こうした露骨な誘導のためか、さまざまな世界を覗いた著者がそれぞれの世界に批評し、それを読者に論っているように感じてしまう。こうなんです。こうなんです。こうなんです、と。もっともっと想像の翼を広げたいのに、それができない。それこそ、鳥かごに閉じ込められてしまったかのように。





光さんの書いた作品の内容そっちのけにして、単純に演奏者として勉強になりますって思っちゃう内容だった。。。わたしが読んだのは、絵本版にリニューアルされたものなので、後者の人が書いているような、いやーな説得力?みたいのがなくて、これまた、自分一人で作品を作るより、第三者の客観的目線がはいったほうがいい場合もあるっていういい例かなとかおもった。





















そんな表現方法ははっきりいって二の次で、本質は中身なんだけど、えも言われない美しい鳥の力を借りる二人の男。地上と天空の男。

片方は鳥に逃げられ、片方は自問自答の末、みずから鳥を放つ。前者は、自分の輝きは100%鳥に依るものと確信しており、後者はどうなんだろうか?と問うている。失った二人の男のその後もまたその言葉通り。

うまくいえないけど、不思議でなにか懐の奥深くに教えてくれているものがある。

殊にかれは芸人だから、その目線が随所に垣間見れて面白い。身を削って戦ってステージにたっているんかなぁとおもうし、それこそ、やけくそな部分もある。



読んでみて、ありがとう、とおもった。一見わかりにくく、華々しい 内容ではないけれど、そこに光をあててくれるひとがいた。音楽であれ、絵画であれ、文学であれ、いままでおもてぶたいに登場しなかったような人間の心のすみっこを洗い出す人がいる。それを認めてくれる人がいる。だって、この短編何万人もの人が買ってるんだって。いいネ、そんな時代。

すべてを包むような表現者がいる。やさしい人柄というか。あんたらがどう思おうがおれはこうだ、としかいえない表現者がいる。不器用な人柄だ。これは好みでしかないけど、後者が大好きだ。わたしはね。
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